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ロッテ アーカイブ

ロッテは本物志向・・・その1

昔、子どもの頃から、テレビ番組を見ていると「提供は○○製薬、技術の○○、お口の恋人ロッテでお送りいたします」というナレーションがよく流れていました。

「おロの恋人ロッテ」。

なんてスマートな響きなんでしょう。

チョコレートは○○、○○のマークの○○と、ストレートに社名を連呼するCMが多い中にあって、そのコピーは新鮮でした。

ドイツのゲーテ作『若きウエルテルの悩み』に登場するヒロインの名が『シャルロッテ』です。

ウエルテルにとってシャルロッテは愛の化身であり、学生時代にドイツ文学を愛読したというロッテ創業者重光武雄は、「ひとりでも多くの人々に愛される社にしていきたいし、愛される製品を作っていきたい」という気持ちをこの社名にこめました。

ハリスが脱落し、ガムといえばロッテがすぐに連想される今日、重光の当初の願いは達せられたと見てよいでしょう。

ロッテは本物志向・・・その2

もともと戦後のガムのトップメーカーは、ハリスと渡辺製菓でした。

それが今では韓国にロッテワールドを擁すほどの成長をし、ロッテガムを置いていない小売り店をみないまでに全国ネットを完成し遂げたのは、ロッテが最初から『本物志向』であり、常に研究を怠らず、ガムの品質の向上に努めたからではないでしょうか。

ロッテはまず昭和22年4月に、南米産天然樹脂を原料にして一個2円の風船ガムを製造しました。

対してハリスら国産メーカーの多くは日本に酢酸ビニール樹脂の原料が無尽蔵にあるため、これを使用します。

しかし、酢酸ビニールは天然チクルより劣るため、外国ではガムの原料に使用されていないのでしだ。

ロッテはガムの品質を高めたのです。

ロッテは本物志向・・・その3

重光は本格的ガムを志向するあまり、「何よりも[番苦しかったのは原料をあつめることでした。

その他いろいろ苦しかったことはありましたが「それに比べればやさしかった」と社史の中で語っているほどです。

人が困難にぶつかった時、安易な道を選ぶのはたやすいこと。

しかしロッテでは原料入手に苦慮しながらも、品質の良いガムをめざし、食料玩具から出発した日本の風船ガム業界を、アメリカのチューインガムと肩を並べるまでに牽引していったのです。

ロッテは本物志向・・・その4

『本物志向』、これがロッテがガムの王座についた一番の原動力です。

品質を高めるということは、一面、商売とは矛盾します。

なぜならコスト高につながり、腕のいい技術者を育てなければいけないからです。

なかなかできないことでありますが、重光はあえてそれをやりました。

だからこそ、今日のロッテの基盤がしっかりしたともいえるのかもしれません。

ロッテ創業のはなし・・・その1

昭和21年5月、重光武雄(以下敬称略)は東京都杉並区荻窪4-82において「ひかり特殊科学研究所」を個人創業しました。

化粧品、ポマード、クリーム類の製造卸売を行っていたといいます。

もともとは終戦後すぐの昭和20年8月末に八王子の農家でせっけんを作り、その副産物のグリセリンでポマードをつくりました。

これを自転車に積んで売り歩いたところ驚くように売れ、荻窪に移って7、8人の従業員を雇うまでになったのです。

ここに至る過程も偶然の産物です。


画像は、現在発売されているロッテの人気のガム。
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ロッテ創業のはなし・・・その2

重光は昭和19年、早稲田高等工学校の学生だったころ、知人の老人から、「戦争が激しくて店をやっていけない。何か適当な商売はないか」と相談を持ちかけられました。

重光はたまたま学資稼ぎに出入りしていた「切削油」の製造はどうかと答えます。

切削油は旋盤で金属を削るときに冷却するために使います。

その提案に乗った老人と八王子で工場をはじめましたが、空襲ですべてが灰燧に帰しました。

焼け跡で肩を落とす老人をみて「損をしたお金をなんとか返却してあげねば……」と重光は思う。

そして石鹸の製造に乗り出し、これが成功して昭和22年頃には老人に5万円という大金を返すことができたそうです。

ロッテ「ガム製造」・・・その1

石鹸を製造してある程度の成功を収めた重光でしたが、同業者も増えだし、先行きに不安を持っていました。

ある日、進駐軍のジープのまわりに群がり寄ってガムをせがむ子供たちの姿を見て、「これだ!」と重光はガムの将来性を見通しました。

ガム事業へのはじめであった。

昭和22年4月、チューインガム原料として外国製品に利用されている南米産天然樹脂が、少量ながら国内にもあることを知り、これを購入して当時としては最良の品質を持つガムを完成させました。

しかし、南米産の天然樹脂は絶対量が少なかったのです。

ロッテ「ガム製造」・・・その2

南米産の天然樹脂は電気の絶縁材とか、歯科医が歯形をとるときなどのように、特殊なところでしか使用されていませせんでした。

当時、他のガムメーカーは戦時中に日本軍が航空糧食として唾液分泌の促進のために用いていた酢酸ビニール樹脂を基材にして製造していました。

重光は天然チクルの優秀性を知りつつも、そのような事情からやむなく酢酸ビニールを使用してガムの生産を続行するしかなかったそうです。

ロッテ「ガム製造」・・・その3

チューインガムの初期の製造方法ですが、ガムベースとして使用されていたのが、新日本窒素株式会社で製造していた、窒素ビニールである酢酸エチル50%入りの酢酸ビニール樹脂です。

その重合度は2千ないし3千のものでした。

これくらい重合度の高い酢酸ビニールを使用した場合には、多量の可塑剤を使用しなければいけないので、戦時中より塗料用可塑剤として、大八化学株式会社で製造していたジプチルフタレート(D・T・P)が使用されました。

ロッテ「ガム製造」・・・その4

エステルガムは当時、あまりなかったので松脂、そして、砂糖は統制下に置かれていたのでサッカリンやズルチン、香料としてアミノルアセテートを少量添加してバナナ様の香りをもたせたといいます。

重光がチューインガムを製造し始めた22年頃になると、酢酸ビニールも大分改善され、重合度1200ないし1500のものが製造できるようになりました。

積水化学株式会社が風船ガムの製造を開始し、『金太郎ガム』を発売したのものこの頃のことであったとロッテの社史はいいます。

ビニール風船の原料を製造していたのも積永化学であるから、符節が合います。

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