企業文明の外 4
ルビーンの観点からすれば、1930年代を2つの時期に分け、はじめを保守主義の時代、あとのほうを革新と変化の時代というように割り切ってしまうことはつつしまなければならないということです。
またローズベルトのニューディールにしても、多くの学者がそうしているように、これを第1期と第2期といったように分けることは好ましくありません。
ルビーンによれば、こういうことです。
「むしろ、大恐慌を複雑で、2律背反で、無秩序な時代として理解すべきである。
というのは、この時代は、深い文化的変化の兆候を明らかにしていたときですら、文化の持続性を証明していたからである」。
この「文化の持続性」があったからこそ、大恐慌という社会的下地が十分にあったにもかかわらず、アメリカで社会革命が起こらなかったのだと、彼は多くの実例をあげて主張します。
アメリカ人の多くは、貧困という恥辱感からむしろ自尊心を強めました。
逆にいえばアメリカ人の自尊心が恥辱を支えたともいえるでしょう。
彼らは貧困を不面目で罪深いものとし、失業を自らの怠惰と失敗のせいにして、これを内向的に、個人的責任に負わせようとしたのです。
したがって、集団的に革命的行動を起こすという気運は、かもし出されませんでした。
個人主義的自覚が自己の不遇に対する怒りを鎮めたのです。
農民は落ちぶれた自分の運命に対し、恨みも怒りも表に出さずに、ただ「おれのせいだよ。おれが悪いのさ。利口じゃなかったってことさ」とつぶやいただけだったのです。